先日ジムのブログ内でも発表した東日本大地震チャリティー『5月19日 ボクシングの日』。様々なボクシングのイベントがある中、メインとして、東洋太平洋&日本スーパーウェルター級王者のチャーリー太田選手と日本4階級制覇を狙う湯場忠志選手のWタイトルマッチが決定いたしました。
そのイベントポスター、今回は一風変わったデザインになっております。
拡大画像 (1400pixelx1978pixel・800pixel×1133pixel)
中央に飾られているのは、1922年(大正11年)九段靖国神社にて行なわれた日本初のボクシング興行のポスターです。
このポスターの制作者は『日本ボクシングの父』と呼ばれた渡辺勇次郎の手によって描かれました。
あらゆる日本ボクシングのルーツをたどれば、必ずたどり着くと言われる勇次郎さん。渡米時に学んだボクシングを日本に伝える為、不屈の活動を続けたと聞きます。
この白井義男さんが日本初の世界王者となった事で定められたボクシングの日。その日を〜日本ボクシング界の夢が叶った日〜とするならば、
勇次郎さんが手がけたこの日本初のボクシング興行こそ〜日本ボクシング界の夢が始まった日〜と呼べるのかもしれません。
そんな日本ボクシングが始まった日を、今回は掘り下げたい思いがありました。
「日米拳闘大試合」
「理想的體育競技」
「世界的競技」
「日本最初、純拳闘」
「見逃ス勿レ唯此一日限」
時代を感じさせる言葉が散りばめられるその中央には、日米のボクサー達がどっしりと構えております。
このポスターにはきっと先駆者、渡辺勇次郎のボクシングを日本に伝えたいという、思いの全てが込められていたのだと思います。
しかし勇次郎さんの思いとは裏腹に、この日の興行は観客数が数百人のみと大失敗に終わってしまったそうです。だがそれでも諦めなかった勇次郎さんは、地道な活動を続ける事で今日の日本ボクシングの基礎を築いていったのです。
そのような事が文字で、写真で描かれている今回の”ボクシングの日”のポスター、会場で見かけましたら、是非覗いてみて下さい。
また、この度は『東日本大地震支援チャリティー』としてのボクシング界のイベントとしても行なわれます。当日は日本ボクシングが出来る事、それを観客の皆さんと作っていければと思います。
2011.5.19 Wタイトルマッチ観戦ガイド
そのイベントポスター、今回は一風変わったデザインになっております。
拡大画像 (1400pixelx1978pixel・800pixel×1133pixel)
中央に飾られているのは、1922年(大正11年)九段靖国神社にて行なわれた日本初のボクシング興行のポスターです。
このポスターの制作者は『日本ボクシングの父』と呼ばれた渡辺勇次郎の手によって描かれました。
あらゆる日本ボクシングのルーツをたどれば、必ずたどり着くと言われる勇次郎さん。渡米時に学んだボクシングを日本に伝える為、不屈の活動を続けたと聞きます。
この白井義男さんが日本初の世界王者となった事で定められたボクシングの日。その日を〜日本ボクシング界の夢が叶った日〜とするならば、
勇次郎さんが手がけたこの日本初のボクシング興行こそ〜日本ボクシング界の夢が始まった日〜と呼べるのかもしれません。
そんな日本ボクシングが始まった日を、今回は掘り下げたい思いがありました。
「日米拳闘大試合」
「理想的體育競技」
「世界的競技」
「日本最初、純拳闘」
「見逃ス勿レ唯此一日限」
時代を感じさせる言葉が散りばめられるその中央には、日米のボクサー達がどっしりと構えております。
このポスターにはきっと先駆者、渡辺勇次郎のボクシングを日本に伝えたいという、思いの全てが込められていたのだと思います。
しかし勇次郎さんの思いとは裏腹に、この日の興行は観客数が数百人のみと大失敗に終わってしまったそうです。だがそれでも諦めなかった勇次郎さんは、地道な活動を続ける事で今日の日本ボクシングの基礎を築いていったのです。
そのような事が文字で、写真で描かれている今回の”ボクシングの日”のポスター、会場で見かけましたら、是非覗いてみて下さい。
また、この度は『東日本大地震支援チャリティー』としてのボクシング界のイベントとしても行なわれます。当日は日本ボクシングが出来る事、それを観客の皆さんと作っていければと思います。
2011.5.19 Wタイトルマッチ観戦ガイド
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